アーカイブ

Archive

活動レポート

カテゴリー

記事検索

月次アーカイブ

保育園を「多様な主体」が学び合う場に——あたらしい保育ビジョンを語る(特別対談)

活動レポート

あたらしい保育イニシアチブ トークセッション【大豆生田啓友×駒崎弘樹】

“ポスト待機児童”の時代を迎えて、保育者関係者が未来のビジョンを共に描き、議論していく『あたらしい保育イニシアチブ』。2021年10月、3回目のイベントとして開催されたのは、玉川大学教育学部教授・大豆生田啓友先生、全国小規模保育協議会理事長・駒崎弘樹さんによるトークセッションです。

「これからの保育園は、人と人をつなぐことで『社会を変えていく』大切な拠点になると考えています」

今の時代に求められる「保育の質」について、厚労省などで議論に携わってきた大豆生田先生はそう語ります。では、実際に地域や家庭とどんな関係を築けばいいのか、園として多様性にどう向き合えばいいのか——イベントは、大豆生田先生によるプレゼンテーションから始まりました。

大豆生田 啓友(おおまめうだ ひろとも)
玉川大学教育学部・教授。青山学院大学大学院文学研究科教育学専攻終了後、青山学院幼稚園教諭を経て現職。日本保育学会理事、こども環境学会理事、日本乳幼児教育学会理事、NHK・Eテレ「すくすく子育て」出演など。
駒崎 弘樹(こまざき ひろき)
全国小規模保育協議会 理事長。認定NPO法人フローレンス代表理事。2010年より内閣府政策調査員、内閣府「新しい公共」専門調査会推進委員、内閣官房「社会保障改革に関する集中検討会議」委員などを歴任。
ファシリテーター:上野 公嗣(うえの こうじ)
全国小規模保育協議会 理事。ぬくもりのおうち保育株式会社代表取締役。ユニ・チャーム株式会社を経て起業し、地域型保育事業を中心に全国で約50園を運営。2019年「手ぶら登園サービス」を開始。

日本における「保育の質」の特徴とは?

少子化が進み待機児童数も減少しつつある今、乳幼児期の教育・保育は大きな変革期を迎えています。大豆生田先生はまず、「保育の量」に代わりいよいよ注目の高まる「保育の質」について、その側面を説明しました。

当日の資料より(大豆生田啓友先生ご提供)

OECDの定義からもわかるように、「保育の質」の向上といっても多様なポイントがあります。

なかでも、物的・人的環境を指す『構造の質』の変革とあわせ「今後の重要なテーマ」として示されたのが、保育者と子どもたちの関わりの質である『相互作用あるいはプロセスの質』、研修・振り返り等の質である『実施運営の質』。その国の歴史や文化、あるいは社会的状況によって質の捉え方が変わることも前提に、現在の日本における議論を大豆生田先生は説明します。

大豆生田「厚労省の『保育の質の確保・向上に関する検討会』(2018年5月〜2020年6月)では、さまざまな議論を経て、やはり『子どもにとってどうか』という、子ども中心の考え方が根幹になるだろうと話をしてきました。具体的には『遊びの重視』『一人ひとりとの手厚い関わり』『子ども同士の育ち合い』などが、日本の保育の質を捉えるときの特徴として示されています」

現在のように「保育の質」の重要性が強調される背景には、待機児童問題の解消が見えてきたという理由だけでなく、「幼児期に良質な保育を提供することは、その後の子どもの発達にプラスの影響がある」とするさまざまな調査結果が出てきたことがあります。そこでは家庭養育の影響が大きいことも明らかになっていますが、保育園の重要度が低いかというと「決してそうではない」と大豆生田先生は話します。

大豆生田「特に日本の場合、0歳児を含め長時間の保育が急速に増えつつあるなかで、保育園の役割は非常に大きいです。にもかかわらず、保育に対する社会的な理解が少なすぎると思っています。

質そのものについて議論を重ねながら、今後は『先生方の保育はこれだけ重要なんだ』と社会的に認知してもらうことも、大きなテーマとして扱っていく必要があるでしょう」

子どもを「ひとりの人」として見る

では、実際に「保育の質」を高めるために、現場で何ができるのでしょうか。

保育所保育指針の理解に加え、大豆生田先生は「日常的な振り返りや対話」あるいは「同僚性(保育者同士の連携・協働)」や「マネジメント(中堅層を含むリーダーの育成)」などの重要性を強調します。また、具体的な方向性を示すものとして、2020年に改訂した『保育所における自己評価ガイドライン』も活用してほしいと話しました。

大豆生田「各園や地域で、保育者が高め合うことが重要です。検討会でも『自分たちの実践を語り合う風土をどう作っていくか』が重要だ、と示されました。

そのひとつとして、今あちこちの自治体で行われている『往還型研修』があります。これは研修を受けて終わりにするのではなく、学んだ内容をそれぞれが保育園で実践してから再度集まり、その成果を発表しつつ情報交換をする取り組みです」

また、質の捉え方で示された「子ども中心」の考えを進めていくにあたり、国際的にも重要視されているのが、子どもへのリスペクトを持ち「ひとりの人として見る」視点です。

大豆生田「『子どもだから』という見方が、やはりどこかで私たちにはあるのではないでしょうか。ひとりの人としての尊厳、人権という観点から子どもを理解することはすごく重要です。それは障害のある子や病気の子、外国籍の子などの多様な子どもたちが、ひとりの人として当然の権利を得られることでもある。そうした保育の場を通じて、『多様であること』の寛容性を実現していく必要があると思います」

これからの保育園は「共主体(co-agency)」の拠点へ

この日、「これからの保育園のあり方」を考えるためのポイントとして、大豆生田先生は外部とのさまざまな連携についても触れていきました。

例えば、家庭や地域とのつながり。昨今よく「親たちの子育て力の低下」などと言われているのは、実際には「子育てをする人たちを取り巻く社会的状況の変化」であり、そもそも子育てがしにくい社会になっている可能性を指摘します。

そこで重要になるのは、地域の保育園が保護者を支えつつも手を組み、共に子育てをすること。また、さまざまな家庭があるなかで、保護者が安心でき、気兼ねなく相談できる場に保育園がなること。

大豆生田「保育園は、保護者と一緒に子どもを育てていく場です。だからこそ、園での子どもの姿・保育の様子を、ドキュメンテーションやICTの活用を通じて保護者に『見える化』することがとても大切だと思います」

保育園と園児の家庭だけでなく、地域とつながることも大切です。

例えば、「騒音が気になる」などの理由から、地域の方に保育施設が迷惑視されてしまう場合があります。しかし、施設と地域の方とのつながりを作り、仲良くなることで、同じ音でも相手の受け取り方が変わることもあるでしょう。

さらに、子どもたちとまちに出向くなかで、まちを社会的資源と捉えて子どもの育ちに生かしていくこと。あるいは園そのものがいろんな世代の人たちとつながるための「まちの拠点」という役割を持つことなども、大豆生田先生は見据えていました。

こうした視点も踏まえ、大豆生田先生は今後の保育のあり方について、OECDの「共主体(co-agency)」という言葉を用いてまとめました。

これは「他者と協働して発揮される主体性」を示す言葉で、子どもに限らず多様な人々が自分らしさを発揮しながら学び合い、社会変革につなげていく考え方です。

大豆生田「持続可能な社会を目指すなかで、これからの保育園は、多様な家庭に手厚く対応しつつ、地域で人々のつながりを作る重要な場となっていくでしょう。つまり『共主体』を育む拠点に、保育園がなりうるということです。

そして、その主体は人に限りません。私はそこに自然環境も主体として捉え、人と自然が関わり合っていくことを提案しています」

主体性とは、「自分らしく」あること

次に、大豆生田先生のお話に続いて『あたらしい保育イニシアチブ』の発起人でもある駒崎さんが、子どもを取り巻く現状整理や今後に向けた4つのビジョン(参考:第1回レポート)を紹介。その後、大豆生田先生と駒崎さんの対談が行なわれました。

当日の資料より(駒崎弘樹さん提供)

それぞれが主張した内容について、共通点を指摘し合うお二人。なかでも駒崎さんは、個々が社会を形成する主体として生きていく「共主体」という考え方が印象的だった、と話します。

駒崎「個が主体となるのは、民主主義の社会ではある意味で当然のことです。ただ、それが単に個としてのみ存在するのではなく『共に社会を作っていける』とすると、すごく勇気づけられるコンセプトだなと思いました」

大豆生田先生は同意を返しつつ、そもそも「支え合い」を起点にここまで続いてきた人類の歴史と、「個人の能力開発」が重要視されてきた教育のズレを指摘。小児科医の熊谷晋一郎先生の「自立とは依存先を増やすこと」という考え方を紹介し、そのような関係を再構築するよい実践の場に保育園がなるのではないか、と提案します。

大豆生田「もっと言えば、主体性とは必ずしも『積極性』を意味しません。その一番の根幹は、『自分らしさ』なんですよね。

うまく出せない自分も含めて、自分らしくあることが認められる場が作られると、保護者も子どもも先生も、すごく安心できる。『共主体』の考え方を広めることで、園がそんな支え合いの場所になっていけばと期待を込めています」

お二人はそれぞれ、共主体にまつわる具体例も挙げます。駒崎さんが話したのは、自身の運営する保育園での「壁のリフォーム」。業者に頼むのではなく、あえて保護者の方と壁を塗る機会を作ることで、互いの関係が変わったといいます。

駒崎「今まで『預けに来ている』というややお客さん的な立ち位置だったのが、何時間か作業することで『自分たちの保育園』みたいな雰囲気になって。その後、日々のコミュニケーションも大きく変わることがありました。

対等なパートナーとして、子どもを真ん中に参画を引き出すことは、『共主体』になっていけるひとつの方法かもしれません」

大豆生田先生も、駒崎さんへの共感を示します。今の長時間労働が、保護者の保育への参画が低い背景にある可能性を指摘しながらも、関わりの重要性を伝えました。

大豆生田「保護者がどこかに関わっていくことは、まさに主体者になっていくことですし、子育てを共にしていく“パートナー”になっていくということです。

例えばこちらの写真は、サークル活動のようにしてバンドを組む保護者と、それを見に集まっている子どもたちの様子を写したものです。小さい活動でもいいので、こういった関わりが増えていくことが大事かなと思います」

他職種と連携し、保育士の専門性を生かす

今回の対談では、駒崎さんから大豆生田先生に、『あたらしい保育イニシアチブ』が掲げる「地域おやこ園」構想の印象をストレートに尋ねる場面もありました。地域福祉の色を強めるコンセプトが、「働く親のために子どもを預かる」という既存の保育の文脈でどう捉えられるか懸念する問いかけに、大豆生田先生は「その視点を駒崎さんたちが出してくれるのは嬉しい」と、保育の歴史を説明しました。

大豆生田「労働福祉と地域福祉、それぞれの視点をどれぐらい重視しどこまでを保育園が担うのかは、実は曖昧なまま来ているんです。

もともと保育には、まさに『親が働いていて、育てられないから預かる場所』としてスタートした経緯がありました。一方で、保育園を地域に開いてきた新澤誠治先生らの活動(神愛保育園)をひとつのモデルとする、『地域の親子のため』という視点も存在しています。

近年は待機児童の問題が大きくなった影響を受け、『保育園は在園の子どもたちとその家庭のための施設』という考え方が、緩やかに強まっていたと思います。ただ逆の動きもあり、『認定こども園』など保護者の就労にかかわらず利用できる制度ができて、再び地域の子育て機能が意識されてきています」

もちろん、昨今の保育士の働き方の問題を考えると「あまり現場に無理はさせられない」と大豆生田先生。だからこそ、『あたらしい保育イニシアチブ』のコンセプトにも含まれる「他職種との連携」に賛成します。

大豆生田「いろんなところと手を組むという発想は、これから保育士の専門性を強調するためにも重要だと思っています。頼るだけでなく、協働するんだという視点も含めて、とても大事です」

駒崎「認定NPO法人フローレンスでは、ソーシャルワーカーさんと保育士さんが連携する『保育ソーシャルワーク』という仕組みを作りました。子どもたちや親御さんの日々の変化に最初に気づける保育士が、家庭の養育的課題を吸い上げ、次の一歩をどうするかソーシャルワーカーさんと話し合っていく取り組みです。

実際にこの連携によって、ネグレクトなどにつながりうる事態を好転させることができています。保育園という場の持つ力、保育士さんの持つ専門性が他の力と組み合わさることによって、大きな可能性が開けると感じました」

「あたらしい保育ビジョン」実現のためにできること

これからの保育のあり方についての議論は、現在も進行中です。「急速な変化のなかで私たち保育者ができることは?」という問いが駒崎さんから投げかけられると、大豆生田先生はこのイベントが議論の機会になったことに感謝を述べつつ、こう答えました。

大豆生田「保育士不足や先生たちの働き方の問題、仕事の負担感や社会的地位の問題といった危機的な状況と、今回の『保育の質』の議論がどう噛み合っていくかが重要です。

よい保育をすることが、保育者自身の満足感や仕事のやりがいにつながること。つまり、子どもにとってよいだけでなく、先生たちにとってもよい保育であるということがベースになると思っています。

その上で、新たに地域のなかでどうつながりを作り連動していくかが、今後の大きな課題であり重要なテーマとなるのではないでしょうか」

「保育の質」という言葉が指すものをあらためて確認し、実現のための具体的な方法を考えてきたイベント。最後に登壇者のお二人から、振り返りと今後の目標を共有いただきました。

大豆生田「まだまだ保育の現場は課題が満載ですが、議論はすごく活発です。特に、社会にとって『保育がこれだけ重要な役割を果たしているんだ』ということをどう見える化していくかが大切だと思っています。いろんなところが手を組みながら動いていくことが、とても大事になると感じています」

駒崎「質というと、どうしても『子どもとどう関わるか』という意味で語られがちです。そこをより広い形で捉え直し、保育のあり方を考えることで、新しいビジョンを描けるのではないでしょうか。

今ご指摘にあったように課題満載の保育ですが、社会も同じ状況です。困っている親子がいるなかで、いかにわれわれ保育者がそういった方々と共にあれるかも問われていると思います。新しい社会、新しい未来を、みなさんとの対話を通じて形作っていきたいです」

(視聴者からの質疑)

トークセッションの後半では、視聴者の方との質疑応答も行われました。ここでは、そのうち二つを紹介します。

——「待機児童が減っても、新しい保育の仕方として、子どもを短時間預ける『一時預かり』の需要は伸びると考えていますが、いかがでしょうか?」

駒崎さんは、フローレンスが世田谷区で行なっている一時保育施設の人気も踏まえて、一時預かり・一時保育のニーズについて同意しました。同時に、事業としては「予算水準が低いために数が増えにくい」という現状も指摘します。

駒崎「国からの支援が手厚い、「施設型給付」の対象となる保育園運営などと比較して、一時保育や病児保育などは自治体ごとに差が生まれやすい状況があります。

ただ、われわれとしては、一時保育のための施設を持たなくても、保育園の定員が空いているのであればそこで一時預かりができるようにしたい。あるいは、ニーズがあったときのみ預かるのではなく、週に1回、2週間に1回などを短時間で預かるような、少し定期性を帯びた保育も考えられる。保育園の運営者ができることを広げ、カバーする方向がいいのではないかと思っています」

大豆生田「一時保育は、日常的に見ていない、一期一会の出会いをした子どもに対してもどう関われるかという、実はすごくプロフェッショナルな仕事です。家庭もいろんな背景を抱えながら預けにきていることを考えると、とても重要な役割を持っていると思っています。

もちろん、保育の現場からすると難しさもありますが、少しでも柔軟に、多様な預かり方へ対応できたらいいなと思います」

——「ポスト待機児童の時代、小規模保育が保護者に選ばれる保育園になるためには、どのようなことが必要だと思われますか?」

駒崎「少人数であるということは強みです。例えば外国籍の子たちについても、丁寧に住環境や文化背景を前提にした保育ができます。障害児保育も、一般の認可保育所よりしやすい部分があります。

制度からこぼれ落ちがちな親御さんに寄り添って、既存の制度につないでいくことができる。そうした強みを活用して、より多様な子どもたちに対して寄り添える園になっていくことが、重要ではないでしょうか」

大豆生田「3歳未満が対象となると、とくに第一子の場合、『子どもとどんな関わりをしたらいいかわからない』という方が圧倒的に多いんですよね。ですから、園での子どもの姿を普段から伝えて、『この子は今こんな時期で、こういう関わりが大事なんだ』と保護者が実感できるようにする。地道ですが、それが保護者の信頼感や安心感を生み、『保育の質』の向上にもつながっていくと思います」

当日は、他にも保育士の待遇に関する質問や、配置基準に対する意見などが取り上げられました。前半の対談パートも含め、イベント全編の動画はこちらのYouTubeチャンネルでご覧いただけます。

(執筆/佐々木優樹、編集/佐々木将史