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あたらしい保育イニシアチブ キックオフイベント「レポート後編」

活動レポート

“ポスト待機児童”時代、保育園に何ができるのか
——あたらしい保育ビジョンを語る【後編】

いよいよ見えてきた“ポスト待機児童”の時代に、保育園はどうあるべきか。

2021年6月、次世代の保育ビジョンを考える『あたらしい保育イニシアチブ』では、研究・行政・施設運営それぞれの立場を持つ登壇者が「未来の保育」を語り合う場を用意しました。

【あたらしい保育イニシアチブ キックオフイベント「レポート前編」】を読む
「誰でも通える」園を目指して。今求められる保育の転換——あたらしい保育ビジョンを語る【前編】

トークを行なうのは、東京大学名誉教授・汐見稔幸先生、厚生労働省子ども家庭局保育課長・矢田貝泰之さん、全国小規模保育協議会理事長・駒崎弘樹さんの3人。前半は現状整理とともに、「一人ひとり」に寄り添う保育のあり方など、大きな方向性が共有されました。

互いの目線を揃えたうえで、ここからは各施設や自治体でできるより具体的な対策を見ていきます。(ファシリテーター:ぬくもりのおうち保育代表・上野公嗣さん)

「やりたい」が制度を変えていく

前半で汐見先生が整理を行なった、保育界として対応するべき3つのポイント——“制度の変化”、“保育のやり方の変化”、“頭の切り替え”——のなかで、現場の変化を法的・財政的に支えていくのが、1つ目の制度改革の役割です。

厚労省の矢田貝さんは、すでにさまざまな検討会を通じて設計への着手が始まっていると言います。

矢田貝:「ソーシャルワークを行なう施設への補助を行なったり、外国籍の方に対する保育の研究を実施したりし始めています。それをどれだけ現場で使いやすい仕組みにしていけるかが、今後の課題です。

ここでポイントになるのは、やはり予算配分だと感じています。“待機児童ゼロ”が近づくなかで、『量』の拡充に使っていたお金をどれだけ新しい制度運用に回すことができるか。各自治体も含めて、きちんと対応する必要があります」

当日の資料より(矢田貝さん提供)

『あたらしい保育イニシアチブ』の発起人でもあり、NPO法人フローレンス代表理事として多施設を運営する駒崎さんも、保育士の処遇改善などを訴えます。ここまでの議論で交わされた「発想の転換」を支えるためにも、現実的なフォローアップが必要だと考えているからです。

駒崎:「たとえば、東京都が今実施している制度に『保育サービス推進事業補助金』があります。これは保育施設がさまざまな子育て支援をすることで加算が付く制度です。園が地域の事業にあわせ、裁量を持って支援に取り組むことができます。

こういった仕組みが全国に広がると、各園でも多様な課題を抱えた家庭を支援していくための職員を増やせるようになります。今のように、1人の保育士がたくさんの子どもを見なくてはいけない配置基準のままでは、一人ひとりの子どもたちに寄り添うことはできません」

『東京都保育サービス推進事業補助金 全体及び各加算項目の概要について』より引用

保育施設の新しい展開の形として、汐見先生が紹介するのは東京都小金井市にある『地域の寄り合い所 また明日』。ここでは、保育・介護・地域福祉の3事業を同じ建物のなかで行なっています。

保育士と介護福祉士のご夫婦が始めたこの事業は、当初は都からの認可が下りなかったものの、自治体側がその意義や可能性を汲み取ってくれたことで実現。現在は、小規模保育事業の枠組みのなかで運営をされています。

汐見:「認知症の方が、幼い子どもたちにごはんを食べさせてあげる……といった光景が当たり前のように見られる場所です。冒頭にお話した『地域づくりの機能』の、とても良い事例だと思います。

この施設のように、多様な専門性を持つ人同士が一緒に働ける場所を増やしていくことが、今後ますます求められるでしょう。そのとき、制度的な改変や緩和が必要になります。『また明日』のように、これがやりたいと手を挙げ提案をしていくことは、施設が存続していくためにも必要な姿勢ではないかと考えています」

『新しい時代の共生のカタチ 地域の寄り合い所 また明日』

生き残る園に必要な、“意識”の改革

制度変更を促しながら、これまでにない運営をできるようにしていく。そのためには保育園側も、生き残りをかけて「地域に出て行こう」と“意識”を変える必要があります。

これに付随して、矢田貝さんも「人口減少とセットで考えながら、新しい道を模索してほしい」と訴えます。あえてそう語る背景には、これまで厚労省のなかでいくつもの福祉領域に関わってきたからこその、正直な実感がありました。

矢田貝:「高齢者福祉、障害者福祉などに比べて、児童福祉の世界には保守的な側面を感じることがあります。それは戦後の努力を経て、安定してやってきたことの裏返しでもありますが、昨今の事情から考えて『園児数は減っても、収入は今まで通りに……』とすることはなかなか難しいんです。

そうではなく、むしろ子どもの減少と併せてこの問題を捉えていただけないか。新しいことに積極的に取り組んでいける方法を、一緒に探れないかと私は考えています」

厚生労働省子ども家庭局保育課長・矢田貝さん

また、矢田貝さんには1人の親として、自分自身が子どもの行き場所に苦労した経験がありました。地方転勤した際に、配偶者が育休中だからと、上のお子さんを保育園に通わせることができなかったことです。

ならばと一時預かりに行っても、「なぜ通う必要があるのか?」と細かく問われるなど、敷居の高さを感じ続けた矢田貝さん。園に通う子どもたちと、それ以外の子どもたちの支援の間にある壁は、まさに「“意識”の部分から変えなければ広がっていかない」と痛感したそうです。

駒崎:「矢田貝さんにこのような指摘をもらう現状が、とても悔しいですね。確かにどの園もすごく忙しい。けれど、そこに困っている親子がいるのであれば、児童福祉に関わる人間として手を差し伸べていかなければいけないと思うんです。

うちの園でも、例えば保護者がまったく日本語を話せず、いろんな制度からすぐにこぼれ落ちそうになる家庭ってすごく多いんですね。そこに対して、自分たちに何ができるのかを常に考えないといけない。社会の変化のなかで、厳しい状況にある親子のために各事業者が変わっていくべきだと思うし、それだけのポテンシャルはあると考えています」

全国小規模保育協議会理事長・駒崎さん

変化を求められるなかで、園がどう運営のあり方を見直していくか、汐見先生が視点として大切だと挙げたのは「原点に戻る」ことです。それが書かれているのが、P.ドラッカーの『非営利的組織の経営』だと言います。

そこで記されているのは、営利を目的としない組織こそ、そもそもの「ミッション」(使命)を全員が深く自覚し、志を高く持つ必要があること。保育園も、親子の育ちを支える場所として立ち上がった目的を忘れてはいけないと語ります。

汐見:「『うちではこんなことを教えます』など、目先の人気取りのようなことをしていても、長く生き残っていく組織にはならないわけです。保護者や子どもたちを取り巻く環境が変化しても、その親子にとって園が大事な場所であることは変わらない。そのことを踏まえ、各園が何を目標にしていくか、運営を担う方々には考えていただきたいと思っています」

「時間の確保」を通じた、学びの機会づくりを

保育の制度や“意識”の改革を進めていく際に、汐見先生がこの日もう1つ訴えたことがありました。それは「働き方改革」です。

特に企業が労働時間を短縮し、園に子どもを預ける時間を圧縮することで、先ほどのような議論を園内でしていく時間が生まれたり、保育士一人ひとりが働きやすくなったりしていきます。

汐見:「子どもの育ちを考え、家庭を大事にと叫ばれても、そのための時間が保障されていなければ実現は難しい。オンラインでの仕事環境も整ってきたなかで、通勤を含め意識的に『家庭の時間を増やす』ことが、結果的に保育園の負担を減らしたり、施設の変化を促すことになると思います」

東京大学名誉教授・汐見稔幸先生

働き方改革の主張には、他の2人も思いを重ねます。『あたらしい保育イニシアチブ』の提言にもあったように、週5勤務以外の多様な働き方を認めていかなくては「保育士の担い手が増えない」と駒崎さん。

矢田貝さんも『新子育て安心プラン』のなかで、保育士という職業の魅力を高める議論に力を入れていると言います。

矢田貝:「やっぱり保育士さんが楽しく働けていなかったら、子どもたちも楽しくないだろうと思うんですね。子どもたちが満たされて、保育者も生き生きとできるような施設が、結局のところ人気のある、生き残る園になっていく。

そこの重要性を認識したうえで、制度的にも公定価格的にもより充実した支援をしていく必要があるなと、今日の議論を通じて改めて感じています」

働き方改革関連法などが解説されている『働き方改革特設サイト』(厚生労働省)

さらに、働き方改革にはもう1つ大事な側面があります。それが保育士の「学びの時間」の確保です。

現在の制度のなかでは、養成校を出た以降に、継続的な学びの機会をなかなか得ることができません。汐見先生は保育士が一時的に大学へ戻って学び直したり、新しいスキルを身につけたりするチャンスをもっと増やさなくてはいけないと訴えます。

汐見:「例えば、保育でもアートが重要とされるなかで、どういった活動があるのかを学びに行ったり、保護者との関わりを深めるためにカウンセリングの通信教育を受けたり。そういった試みが時間を含めて保障され、園のなかで積極的な情報交換が行なわれることが、保育をより良くしていくために必要だと考えています。

実際には、専門性を高めるための枠組みづくりについては議論がいくつもあるんです。ただそれが、待機児童対策などで飛んでしまっていたところもある。保育士の学びを支えられる、法的なバックアップをぜひ整えていただきたいなと思っています」

“ポスト待機児童”に私たちができること

参加者からの質疑応答も受け付けながらの、90分のトーク。子どもの最善の利益を守るために、制度改変といった大きな話から、各園の意識改革に至るまで、さまざまな意見交換がなされました。

登壇者の3人は、この日の議論をどのように受け止めたのでしょうか。セッションの最後に、振り返りと次の課題について共有をいただきました。

汐見:「いよいよ“ポスト待機児童”の時代になってきたのだなと、再確認できた時間でした。そしてそのなかで、保育園がますます重要になってきていることも改めて感じました。

本来は集団で育児をしてきた人間が、狭い家庭のなかだけで子どもを育てようとしているのが今です。しかも、子どもたちが出ていく社会はどんどん複雑になっている。大変な時代だからこそ、保育の『質』をきちんと高めていくこと、そのためのより良い制度をつくることが、私たちの責務なのだなと思っています」

左上:ぬくもりのおうち保育・上野公嗣さん(ファシリテーター)

矢田貝:「少子化の原因を考えたとき、お金や制度の課題ももちろん重要ですが、私は子育てにまつわるネガティブなイメージが大きく影響していると考えています。『子どもを育てることは楽しい』と感じられる社会にしていくことが、すごく大事だと思うんですね。

そうしたなかで、保育所は通ってくる親子に何ができるのか。地域の子育て家庭にとってどんな存在になれるかを、引き続き一緒に考えていけたらと思います」

駒崎:「運営事業者にとっては、時代の変化を認識して『いかに選ばれる園になるか』を考える機会だったと感じています。ただそのときに、国がどうしてくれるかを待っていてはダメだとも思うんです。保育園自体が、社会にある課題に対して『私たちはこうあるべきだ』と打ち出すことが求められている。

ここで必要になるのが、“対話”です。確かに目の前の保育はすごく忙しいですよ。でも、自分たちはどんな未来をつくりたいのか、子どもたちにどんな社会を残していきたいかを臆せずに語り合わなければ、前には進めません。

今日のような対話が全国各地でなされていった積み重ねが、保育における私たちの新しいビジョンになっていくのではと思っています。今日はありがとうございました」

(構成・執筆/佐々木将史